子供と共に育ったαシステム
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冬の京都、あっちこっち-7=四条大宮(終)=
 北野の天神さんから、再度嵐電に乗って(=ものすごい遠回り:笑)、四条大宮へ出る予定だったが、
雨がきつくなり、タクシーに切り替えて(笑)


1:嵐電:四条大宮駅
四条大宮

 週末、チョット忙しいので、コメント欄-閉-と、させて頂きます
冬の京都、あっちこっち-6=白梅町~北野天満宮=
 「嵐山」の雑踏を、早々に退散して、(はい、地元民の贅沢:笑)
次は、再度嵐電に乗って、(途中乗換で)北野白梅町駅へ。
そして=北野天満宮=に向かいました


1:=北野天満宮=中門 
天神さん-3
 梅が咲き出していました

 梅が見頃の天神さんはココ(クリック)
冬の京都、あっちこっち-5=嵐山=
 「冬の京都、あっちこっち」、続いては=嵐山=
 うっ、俗っぽくなった(笑)


1:渡月橋
嵐山-1
 観光客もまばら・・・

[オン・シーズン]
 モミジの嵐山はココ(クリック)
 嵐山花灯路(夜景)はここ(クリック)
冬の京都、あっちこっち-4=粟田(あわた)神社=
 「冬の京都、あっちこっち」、続いては、粟田(あわた)神社

 場所は、岡崎辺り=>三条通の神宮道(平安神宮の正面への道)を、蹴上(東)方向への坂道を少し登った所

1:二の鳥居
粟田神社-1
 鳥居の向こうに見える坂道。なかなか大変でした。詳しくは、↓6の画

「粟田(あわた)神社」の説明
 創建は平安時代だそうですが、明治になり「粟田神社」に改名
その訳は、「京の七口」と云って、秀吉時代に「京都を囲った"お土居"の口=出入口」が7カ所有り、
ここは、その一カ所=粟田口(三条大橋から東海道)に通じていたので・・・
(注:ここは、鴨川より東。お土居は鴨川の西岸にありました)

で、粟田神社は「旅立ちの神」として信仰されていたとか・・・

「京の七口」=今でも、「鞍馬口・荒神口・丹波口」など、普通に地名で使われています


 ここも、私、初めてでした

冬の京都、あっちこっち-3=豊国神社~五条大橋=
 続いての訪問地は、「豊国(とよくに)神社」へ
 もちろん、「豊臣秀吉」を祀っています
 (前回よりは、有名かな?)

 場所は、大和大路通七条上がる、(京阪・七条駅の東)、「三十三間堂」の北すぐ。「国立博物館」の隣

1:正面から=>間口は広いです
豊国神社-1
 京都の家屋=間口狭い「ウナギの寝床」の反対をいってます(笑)

 この辺り=「三十三間堂」や「国立博物館」へは、何回も来ていますが、この「豊国神社」は初めてでした
冬の京都、あっちこっち-2=藤森神社=
冬の京都、あっちこっち-2
今回は、「"京都と云えば"的な観光地」ではなく、(それなりに有名ですが)、人の少ない所を巡りました

で、まずは、

1:藤森神社(ふじのもりじんじゃ)
藤森神社-1

 場所は、京都市の南部(伏見区)、京阪電車と近鉄京都線との乗換=「丹波橋駅」の北(1駅)に位置します
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